河畔に咲く鮮花  

第三章 三十二輪の花 1:特別編:ともの憂鬱《1》


 徳川家朝(とくがわいえとも)は、覇者の中でもトップの御三家の一つに生まれおちる。
 跡取りとして生まれて蝶よ、花よと両親に可愛がられるとも。
 小さい時からの遊び友達は、ともと年齢も離れた、織田家の信雪と、豊臣家の秀樹だった。
 それゆえにともは、雪と秀樹にも本当の弟のようにかわいがられる日々。
 三人で遊んでいる時にデザートが出て来ても、真っ先に選ばせてくれたし、家にあった 置物が欲しいというと、すぐに与えてくれたりもした。
 ともは、覇者や貴族が通う学園で幼稚舎から雪と秀樹と同じだ。
 だが年の離れている彼らはともが幼稚舎の時には、雪は小学生であったし、秀樹などすでに高校生であった。
 まだ教育も行き届いていない幼稚舎では、ともの徳川という名も同級生にはきくわけがないし、女のような顔をしているだけで苛めの対象になったりもした。
 その上、外国の血が入っていたともの瞳は青かったし、髪も他の子と違って金色に輝いている。
 それが周りから浮いていて、小学生になった時も同じようにからかわれ、そのたびに雪と秀樹が助けに入り、ともはいじめっ子から守られていた。
 小さい頃から大人が周りに多かったともは、感情を敏感に読みとる、(さと)い子であった。 
 早熟といえばそうかも知れないが、どことなく難しい言葉も理解しては、雪と秀樹の話を頷いて聞いていることもある。
 飲み込みも早く、教えればなんでもすぐに自分のモノに出来た。 
 親に派手なパーティに連れて行かれたのは、たったの八才の頃であった。
 雪と秀樹も招待されていて、親の目を盗んで第二邸宅で行われていた若者達の集まりに潜り込む。
 庭のプールでは若者が泳いでは、お姉さん達は半裸姿で胸をさらけ出して踊っていた。
 ハ才のともはそれを見ても何とも思わなかったが、雪は目のやり場に困っていたようだ。
 十七歳と一番年上だった秀樹は進んで輪に入り、お姉さん達と抱き合ったりしては部屋の奥へ姿を消す。
 いつの間にかはぐれたともは、女の子と間違えたどこぞの覇者の息子に変態行為をされそうになった。
 徳川の跡取りと知りもしない息子は、ともに手を出そうとした時に、雪と裸のままの秀樹によって助けられる。
 後で知ったがその息子の家は破産に追い込まれて、取り潰されたと噂で聞いた。
 ともの知らぬ間に、雪と秀樹が静かに処理をしてくれていたのだ。
 それからともは十歳になって、小学生高学年になった時には誰も苛めてくるものはいなくなる。
 それはともというより、後ろ盾にいる雪と秀樹の存在を恐れたようだ。 
 十五歳で大人として元服式を終えた雪は、好き勝手してはお世話になっている義鷹の屋敷のメイドを勝手に止めさせたりしていた。
 覇王の息子という雪には誰も逆らわない。
 雪は雪で気を許した人間にしか心を開こうとしなかった。
 傲慢で傍若無人な雪にはたくさん敵があり、織田を敵視している輩に影ではよく襲われていたりしていた。
 それでもともが危ない目に遭えば、自分のことより先に飛んで助けに来てくれた。
 誘拐されそうになったところ、雪が無鉄砲にも乱入してきて、最終的には秀樹が銃をぶっ放し、犯人を倒す。
 そしてその誘拐犯達は秘密裏に処理をされた。
 そうやってともはいつも、雪と秀樹に守られる。
 とももそれが居心地良かったし、ずっとそのままでいいと思っていた。 
 好きな物もわがまま言っては与えて貰えたし、何でも手に入るとともは思っていた。 
 十二歳になる頃には、ともも雪と秀樹の後ろ盾があったとしても、徳川に逆らう者は誰もいなくなっていた。
 口に出したことは全部、思い通りになったし、雪と秀樹の手助けによって叶えられたし、ともは無邪気なまま成長していく。
 あっけらかんと物を言っては、馬鹿正直すぎると秀樹に言われたりするが、ともやからええかで最後は終わる。
 等身大のまま成長した十四歳の頃。
 徳川家や織田家などを利用しようとする者達を、ようやく見極められるようになった。
 横暴なようで義鷹の屋敷からメイドを追い出していた雪は、実は側室から義鷹を救っていたことを後から知った。
 それを聞いて、さすがは雪だと感心し、尊敬もした。
 年頃になったともは綺麗な少年として成長し、女の子からもモテはじめるようになる。
 雪よりも話しかけやすい雰囲気だし、親しみやすいというのが徳川家のともだった。
 秀樹といえばすぐにナンパして、営みを施す為に警戒される存在でもある。
 雪は相変わらず壁を張り巡らせて、横柄な態度では娘達をこっぴどく振り、まともに話してくるのは斎藤家の蝶子、政略結婚の相手だけであった。
 そうすると御三家の中でも一番、接しやすく打ちとけやすいのはともになる。
 本人も人懐こく、愛嬌もあるので、抜群な人気を博していた。
 授業の途中に今からみんなでプールへ泳ぎに行こうと言っても、ともだから許された。
 家朝様だから仕方ありませんわね、と教師までがともの我がままに付き合う。
 本当であれば、御三家であろうともそこに関しては厳しくしてくれと、三人の親から言いつけられていたのにも関わらずに。
 そんな全てが上手くいき、なにもかもが手に入る生活を送るとも。
 すでに物欲もなくなっていたし、したいことも目的もなかった。
 そんなことを漏らした時に、じゃあ後は女やな、と秀樹が嬉しそうな顔をしていった。
 雪がお忍びで通っていた菫街がある商人街までくだり、そこで商売人の女相手に練習しろと言われる。
 初体験は元服式をした後にしたいと言うと、最後までせんかったらええんや、と秀樹に説得された。
 雪と秀樹に連れられてともは菫街へ出向き、女という生き物に初めて触れる。
 見るのと触るのとでは全然違い、ともは女とは全く別のものだと感動すらした。
 柔らかく暖かいし、香りも甘かった。
 初めは夢中になったが、段々と慣れて来て、徐々にともの方が主導権を握るようになる。
 挿入したい衝動にも駆られるが、その時は手と口で放出させてもらい一線は越えないでいた。
 それを聞いて、ほんまに挿れてないのは凄いわ、と秀樹に感心されたりもした。
 菫街で商売相手に童貞を失いたくなかったというのが正直なところである。
 雪は逆に商売相手意外に手を出す気はなかったようだ。
 外は織田に群がる権力と金目当ての女ばかりだから、下手に関係を持ちたくないと言う。
 秀樹は秀樹でどこでも手を出しては、豊臣の遊び人という異名まで持っていたし。
 だけど秀樹が言うには、最初が肝心だと説き伏せられた。
 遊んでいた秀樹はパーティで酒で酔った時に、気がつけば女が腰に跨り、童貞を失ってしまうという逸話を持つ。
 その時の相手も覚えていないし、なに一つ感動すら覚えなかったそうだ。
 それは酒を飲んで、寝転がっていた秀樹にも非があるのではと思ったけど、一理はある。
 最初はやはりこの女だと思える相手がいい。
 雪は毛嫌っていたが、ともは徳川家という家名を存分に振る舞い、元服式の前から初体験の相手を募る募集をかけた。
 覇者と貴族におふれを出し、徳川家の名前を精一杯利用した。
 名前や権力に群がる女を雪は計算高く嫌いだと言っていたが、ともにとってはそれもかわいいものだと思っている。
 ともの知らない女が、色んなところからアプローチしてきてくれるのだから。
 全国までその話は伝わり、ともが思ったよりも相手は募った。
 一度関係を持てば妻にまでなれるかも知れないと言った打算的なものも渦巻いていて、娘本人よりも親が勝手に推薦してきているのもある。
 履歴書のように自分をアピールする用紙には、顔のアップと全身の写真も添えられてあった。
 中には人妻もいて、ともは驚くこともある。
 元服式までは時間があったし、次から次へと応募してくる用紙に目をやりながら、自分流に仕分けをした。
 秀樹は選考から落とした娘の用紙を持って帰っては、勝手にコンタクトを取ろうとする。         
 顔もさることながら、スタイルもいい女は山ほどいた。
 後は家名を見たり、特技や趣味、性格なども視野にいれて選考をする。
 柔順そうな女もいいが、リードしてくれそうな年上の女もいい。
 清純そうな女もいいが、小悪魔的な女もいい。
「あ〜あ、疲れたぁ」
 ともは部屋一杯に散らかった用紙をばさりと、空中に放り投げてベッドに仰向けになった。 
 ――初体験することにここまでこだわりを持つんじゃなかった
 ともは星の数ほど応募してきた娘達を見ては溜息を吐き出す。
 こんなことなら、さっさと菫街で捨てたらよかった。
 ――どうせ、言うほど大したことないんでしょ?
 秀樹は覚えていないと言うし、雪も想像したよりはこんなものかって感想だったし。
 とにかく自分がこの子とシタいと強い衝動に駆られる女がいい。
 だが、娘を多く見過ぎてそんな直感も鈍っていた。
 それよりも段々、みんなが同じ顔にも見えてくる。
 中には同じ学園の娘も周りには内緒で募集してきている子もいる。
 顔見知りの娘は、いつも綺麗に髪を梳かし、にこやかに微笑む美しい子だ。教養も身につき気品もある。
――悪くないな。だけど身近にいすぎるのもな
 そう思い違う用紙をめくる。
 他にも学園内の知っている娘はいたが、秀樹がお手付きしている子もいた。
 秀樹がぺらぺらと喋るもので、どの子と関係を持っているかは知っている。
 逆に豊臣の秀樹様と関係を持ったと自慢する娘さえもいた。
 ――ああ、口の軽い子は嫌かもな
 そう思いなおして用紙を見るが、もちろん性格欄に口が堅いなど書かれているはずもなく――
 ともはますます悩みはじめる。
 いっそのこと目を閉じて、手に取った用紙の娘にするとか。
 それも運で勝ち取った娘の実力だ。
 もやもやしているとすぐに秀樹からお誘いがかかり、菫街(すみれまち)へ繰り出そうと引っ張られる。
 ともは仕方なく誘いに乗っては、手と口でしてくれる専門のところへ行った。
 商売している女を選考の通った女達に見立てて、頭の中で想像しながら果てる。
 どの子も悪くないな――などと考えつつも、元服式の時は近づいてきた。
 秀樹にもまだ決まらんの、などとお節介を焼かれてはともは少しづつ焦りが増す。
 最終的にはあみだくじで決めると言ったら、秀樹がそんなら俺が選んだると言ってきた。
 じゃあ、俺が適当に選んでやると雪まで入ってきて、ともは少し自分で考える時間を欲した。
 そして十五歳になった時に、初体験の相手は三十人までに絞られる。
 ともも、秀樹も雪もこの子がいいと賛同した娘を選考してみたのだ。
 もう、全員とやればええやん、などと秀樹らしい意見も出てくるなか、雪は最終的には義鷹に選ばそうなどという始末。
 義鷹はああ見えても女は良く知っているし、見る目もあるというのが雪の見解だ。
 段々と頭が痛くなったともは、しばらく一人で冷静に考えると言って、授業をさぼっては自分の胸に聞いてみたりした。
 娘はみんな上等な花器に活けられた気品溢れる高級な花。
 どの子をとっても、同じ臭いを醸し出している。
 そうなれば、結局誰と初体験しても同じか。
 などとそういう結果に戻る。
 学園のパティオでベンチに座りながら、ともは晴れ渡った空を仰いだ。
 風も冷たくなり、パティオには散ったイチョウの葉が敷き詰められている。
 一面が黄色で埋まり、青い空と不思議なグラデーションを醸し出していた。
 美しい景色を見ながら、ともは間近に迫った元服式のことを考える。
 もう、時間がない―― 
 脱童貞宣言を堂々と言う馬鹿っぷりにも親達はにこにこと笑って協力してくれた。
 だから、後悔はしたくない――
 目を閉じて、真剣に考える。
 残った三十人を頭に思い浮かべては、初体験のシチュエーションを描き始めた。
 想像の中でどれだけ燃えられるかも重要だ。
 静かに考えたいのに、そんな時に限って邪魔者が入る。
 学園でも手が早いと言われている、貴族の馬鹿息子達の声が聞こえてきた。
 ともは目を開けて、静かにそちらに顔をねじる。
 馬鹿息子達ははしゃぎながら、娘を追いかけているようだった。
 夢中になっている馬鹿息子達は、ともの存在に気がつかずに落ち葉の中に娘を押し倒した。
――あーあ、あんな男達に捕まっちゃって
 のんびり見ていると、娘は手を上で一つに縛られて、口を手で塞がれていた。
――この学園の娘だろうけど、どうせ処女じゃないんでしょ?
 ともはそんな風に思っていたが、目の前で馬鹿息子達の腰を振る姿など見たくもない。
 気持ち悪いだけだし、気分も悪くなる。
 だからと言って、自分がこの場から退出するのも嫌だった。
 この場所は元はともが先に居たのだから。
 そこに勝手に入って来たのは馬鹿息子達だ。
 ここから去るのは自分ではなく、あいつら馬鹿達の方だ。
 ともはそこでようやく馬鹿達に声を掛ける。
『なーに、やってんの君達?』 
 そいつらはともを確認して、激しく狼狽した。
 すでに徳川として絶大な権力を持つ跡取りのともを見ては、馬鹿貴族達は慌ててその場から逃げ出す。
――ああ、やっぱり徳川に生まれて良かったかも
 ともはそんなことを思いながら、押し倒された娘の傍に寄って行った。
――え、嘘だよね。こんな子いたっけ? 
 一面に敷かれた黄色のイチョウの葉の中で、緩やかな長い髪をなびかせ、太陽の光を浴びた瞳は濃緑がかっている。
 白い肌はきめ細かく、この手で触れたら傷つけてしまいそう。
 大きな瞳は澄んでいて、スッと伸びた鼻も、吸いつきたくなるような官能的な唇も、のびやかな手足も全てが綺麗――
 花器に活けられた花のようにまとまる美しさではない。
 そう――まるで荒野に咲く凛とした鮮やかな花 
 ともの胸はどくんと跳ねて、神々しくもある娘に一瞬で目が奪われた。
――そう、僕は彼女を見つけてしまった







 





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