河畔に咲く鮮花  

第三章 三十輪の花 1:ともの花嫁候補《3》


 ともはカクテルを飲みながら、風に当たろうとベランダへ足を運んだ。
 ウッドデッキに設置されたジャグジープールにも男女がほとんど裸の状態で泳いでは、酒を煽る。
 すでに濃厚なキスを交わしているのもいた。
 ともはそれを見ながら、端に行っては眼下に見える光りの洪水を見つめる。
 ここから見る夜景は絶景だ。
 明るすぎるせいで、月も星も見えないが、これはこれでいい。
 眩しく光る地上の星を見下ろして、カクテルをちびりと口に含む。
この国では十五歳が大人とされて、酒も飲める法律になっている。とはいっても、それも覇者が決めた法律ではあるが。
 だが、今日は酒を煽っても酔いそうにない。
 風は吹いてて気持ちがいいから、隅に設けたデッキチェアに寝そべるのもいい。
 そう思ってともは隅に足を運んで、デッキチェアに向かったがそこにいる覇者の娘達に目がいった。
 派手な趣向には身を投じずに、娘達はきちんと服を着こなしている。
 それだけでもともの意識は向いてしまう。
 後ろを向いていた娘がともに気がついて、バッと振り返った。
 その瞬間、ともの胸はどきりと跳ねる。
 娘は、蘭と容貌が似ていた。
 髪の長さも、全体的に醸し出す雰囲気も。
 風によってさらりとなびく髪を見て、ともは数秒だが見入ってしまっていた。
 娘はともに気がついたのか、恐縮しながら深々とこうべを垂れる。我に返ってともは娘達に近づいて行った。
「ねぇ、君の名前はなんて言うの?」
 頭を垂れていた娘はおずおずと顔を上げて、目を下げながらぼそりと喋る。
「本多稲穂(ほんだいなほ)と申します、家朝様」 
稲穂の後ろで、快活そうな娘はにこりと微笑むと、同じくともに名前を名乗る。
「アタシは雑賀(さいか)いちる。稲穂のダチだ、家朝様」
 ともは髪が短いいちるを見て、目をぱちくりと瞬かせた。
 雑賀と言えば、近畿・中国地方での名家である。
 そこの娘か――どうやら飛んだお転婆娘のようだ。
 それを現しているかのような、造りの大きい顔を見ては納得する。
 意思の強そうな大きな目も、大きな口も、よく変わる表情も。
 全てが豪快で、快活である。
 女にしておくのはもったいないな、ともはいちるを見てそう思う。男ならもしかして、親友になれたかも知れない。
 きっと度胸もそのきっぷの良さも、そこらの男より男前に違いない。
 そして、蘭に雰囲気が似た娘、本多稲穂。
 年頃も蘭と変わらないように見える。
 徳川家とも懇意にしている本多家にこんな娘がいたとは。
 そう言えば、しばらく海外に留学している娘がいると本多の当主から聞いたことがあったような。
 なるほど、それが帰って来て、このような場に姿を現したのか。
「ねぇ、君さぁ。処女?」
 その質問に驚いたのか、稲穂は顔を上げて目を瞬かせた。
「こ、この子はもちろん処女だよ。なぁ、稲穂?」
 いちるが、がばりと稲穂の肩を抱き寄せて、変わりに答える。
「あのさぁ、君には聞いていないんだけど」
 ともが呆れたように髪を掻いて、いちるを見下ろした。
覇王の目に止まった娘は、純真可憐な乙女であった方がいいのだろう。
 そう、いちるは気を回して言ったに違いなかった。 
「……申し訳ありません。乙女ではございません。海外留学へ行った時に、その国の殿方と交際しておりました」
「馬鹿、稲穂ったらそんなこと言うんじゃないよ」
 いちるが慌てて稲穂の口を塞ぐが、ともはこの馬鹿正直さに心をくすぐられる。
気に入った――この娘、どんなものか傍に置いてやってもいい
「ふぅん、それでその男とは別れちゃったから、こっちに戻って来たの?」    
 ともの言うことに、稲穂はこくりと頷く。
「あっそう。じゃあ別に変なしがらみはないんだ?」
「はい、稲穂はとっくにそんな男とは縁が切れて、身の回りが綺麗な娘です!」
 いちるがまた慌ててそう言って来るので、ともは思わず吹き出してしまう。
「いちる姫っておもしろいよね。一生懸命っていうか、なんていうか。友達の為に頑張ってるっていうか」
 久々に腹から笑えて、ともは屈託ない笑顔を咲かせる。
 それを稲穂は唖然と見つめて、心なしか頬を染めていた。
「やべぇ、家朝様って笑えば超いいじゃん」
 いちるがまた思ったことを正直に口に出すので、ともはますます肩を揺らせて笑う。
「ねぇ、君達二人さ、しばらく僕の家で暮らさない? この別宅になるけど、稲穂、稲姫って呼べばいいか。どう?」
 ともは、ひとしきり笑った後でそのような提案を口にする。その申し出に稲穂といちるは口を開けて、目を大きく見開いていた。
「稲姫もいちる姫がいれば、安心するでしょ?」
「はい、もちろん。稲穂はアタシが面倒みます! そして、家朝様を見るのは稲穂の役目にします!」
 いちるの言葉に、ともは何だそりゃと言ってまた笑った。稲穂がともに気に入られたと見て取って、いちるは必死なのだろう。
 友達の世話やきをするいちるは胸を張って、ともの要望を聞き入れた。
 ともは決まったとばかりに、いつでも影のように傍に控えている徳山に軽く説明をする。
 それを見て、いちるはやったなと稲穂の体を肘でこづいていた。
「なんやぁ、ようやく気に入った子見つけたんかいな」
 そこに泥酔して女を肩に抱いている秀樹がひょっこりと顔を出した。
そして、隅にいる稲穂を見て秀樹は目を細める。
「ああ、身持ち固そうな子やなぁ。そういう重いタイプは俺、苦手やねん。本気になりそうでなぁ」
 べろべろに酔っては、秀樹はそのようなことをごちる。
 そう言えば、秀樹が好んで相手にするのは、軽そうな遊んでいる女ばかりだ。
 それか、すでに身を固めている人妻か。
 秀樹はがばりとともに抱きつき、耳元で囁いた。
「……なんや、蘭ちゃんと似てるな。とも、もしかして好きだったんとちゃう?」
 秀樹がゆるりと顔を離して、間近でともの目を見つめてくる。
 どきりと胸が跳ねるともに対して、秀樹は酒臭い息を吐き出した。
「俺も好きやったけど、雪の女や。流石に略奪は出来んかったなぁ。他の男やったら、今頃俺の隣にいたかもしれんけど。でもその前にともが奪い取って、結局は俺は手に出来ん。無理な願いってわけや」
 全てを見透かしているようで、ともは背筋がすうっと冷たくなる。やはり秀樹は並みの者ではない。
 普段はおちゃらけているが、一度スイッチが入ると、獰猛な猛禽類に変貌し、獲物をとことん追い詰める。
「……やっぱり秀樹って怖いね」
 蘭に手を出した秀樹を憎くも思ったが、この男は雪より曲者だ。
 下手に手を出しては、こちらがやられてしまう。
 ともは秀樹の鋭く射る目を見て、それだけを言い放った。
「よう言うわ。雪がおっても蘭ちゃんを自分のモノにしようとしたともの方がよっぽど、俺は怖いわ」
 ともは目を細めて秀樹を見るが、口元には笑みを浮かべていた。
「眠れる獅子を起こした奴に俺は文句を言いたいわ。いらんことをしおって。とも、お前は誰よりも恐ろしい男やわ」 
 秀樹はぱっとともから体を離して、無駄に伸びた髪を掻きあげる。
「でも嫌いやないで、そういうの。もう、ともも立派な修羅の世界のもんや。俺はぞくぞくするほどのカリスマ性を持つ男が好きなんや。そいつについて行きたいって思いたくなるような」
秀樹は自分を尊敬させ、ついて行きたいと思わせる者がいれば、そいつがどんな修羅を背負っていても構わないと言う。
 鋭い秀樹にもともが何をしてきたか、推測はされているであろう。
 それでも自ら修羅の世界を見たいという秀樹。
「秀樹ってさ、実はドMだよね」
 誰が好きこのんでこんな世界に身を投じたいのか。いつ、失脚するかも知れない混沌とした世。
 裏切り、絶望、争いは当り前のように起こる。
 呆れるともに対して、秀樹はにへへと笑うだけた。
「ああ、そうかも知れん。俺って実はドMかも! 雪に冷たくされても好きやったし」
 秀樹は新たな自分の性癖に気がついて、また嬉しそうに酒を煽った。
「よし、今日はとことん俺を苛めてや〜」
 秀樹はそれだけを言うと、女の輪に戻っていつものようにおちゃらけた様子で遊び始める。
 それを見ながら、ともはそれでも憎めない秀樹に人知れず感謝を述べた。
「……ありがとう秀樹。僕が何をしたと知っても、味方をしてくれて」
 ともはもう一度、顔をねじっては夜景を見やる。
 きらきらと光る覇者街のネオン。
 それを目に焼きつけながら、雪と蘭との思い出を胸にしまい込む。
 ここで立ち止まるわけには行かない――前へ進まなければ。
 それだけを固く思い、ともはきつく目を閉じた。







 





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