河畔に咲く鮮花  

第三章 二十九輪の花 4:志紀と公人


 「最近はなかったのにな久しぶりにフラッシュバックが起きたか」
 志紀は今は落ち着いて寝ている、蘭の髪をさらりと撫で上げた。
「少し外へ行かないか。今日は風が涼しい」
 公人はそれを断れないと思い、静かに頷く。
 さて、困った。
 今度はどうやって誤魔化そうか。
 公人は決まりが悪そうな顔をしながら思案する。         
 蘭が集会場のテレビで、家朝のパレードを見ながら気を失ったのは色んな者が見ている。
 志紀は聡明な男だ。
 今川義鷹と徳川の関係性を知っている彼は、蘭の記憶がそこに関していると繋げる可能性はある。
 義鷹が一度目に現れた時は、大分言葉を濁して志紀には説明した。
貴族時代に親身に世話になり、借金取りに追われていた公人達をずっと探してくれていたと。
 この里で平和に暮らしていると伝えたところ、安心して帰ったと言ってはみたが。
 まさか二度も訪れるとは思わなかった。
 しかも今回は蘭に上等な着物や宝石を持ってきたのだ。
 あそこまではっきりと拒絶したのに、今川の若様は相当に図太い神経を持っている。
 まぁ、公人では分からないほど修羅の道を歩んでいる義鷹があれ程度で引き下がるとも思えなかったが。
 もちろん着物も宝石も蘭の目にも触れさせていない。
 そんなことをされて、記憶を思い出されても困る。
 志紀にも口止めをして、記憶を思い起こさせる要因があるものからは遠ざけて欲しいと願い出た。
 志紀は優しい。それをくみ取り、なにも問いただすにそれに応えてくれる。
 だが、もうここまでか。全ての関係がばれてしまうと、里を追い出される可能性がある。それはそれでいい。
蘭を連れてここを出て、ひっそりと隠れて暮らそう。
 志紀とて、覇王と争う気などないだろうから。
 公人はある程度覚悟を決めて志紀の後をついて行った。
「今日は三日月で満ちてはいないが、美しい夜だな」
 志紀は時折、貴族のように浪漫チックな言葉を囁く。
自分自身では気がついていないようだが、計算もなくここまで言えることに関心すら覚える。 
 集落地をのんびりと歩いて、見晴らしのよい高台へとやって来た。
 涼しい風がざっと吹き、秋の虫がりいんと静かに鳴いている。
 本当に平和で、静かな――奥深い月の夜。
 集落地では明かりが灯り、今日一日の疲れを食卓を囲んでは家族と話しているのだろう。
 里の者達の息吹が間近に聞こえた気がして、どこか安心感を与えてくれる。
 やはりこの里は良い。
 なにもないが、それが逆に心を穏やかにしてくれる。
 三日月を仰いでいた志紀はそのままの姿勢で、一つだけ溜息を静かに吐き出した。
「蘭の記憶は今川義鷹……あるいは徳川家朝に関連するものなのか」
 心臓がどくりと大きくひと跳ねした。
 志紀は回りくどいことは聞いて来ない男だ。
今もずばりと核心を突いてくる。
その率直さが公人は気に入っていた。
 貴族など顔を窺い、腹の底を探り合い、上辺だけで物を言うからだ。
 だが公人は答えられない。
 今川の若様とのことを言えば、覇王のことも名は挙がる。
 その上、それに関わった多くの者達も。
 そんなことが言えるわけがないではないか。
「いい方を変えよう。お前達は覇者達の権力争いである、テロ騒ぎに関連しているのではないか」 
 志紀の穿った質問には、公人の額に冷や汗が浮かぶ。






 





167

ぽちっと押して応援して下されば、励みになりますm(__)m
↓ ↓ ↓



next /  back

inserted by FC2 system