河畔に咲く鮮花  

第三章 二十八輪の花 2:禁域の訪問者


 
 花園市場にお神輿を貸し出しして、三日ほど日にちが過ぎた頃、突然にそれはやって来た。
なんだか人魚の里が騒がしくて、いつもより賑わっている。
いや、騒然としているというのがしっくりとくる。
真樹子に声を掛けると、目を輝かせて教えてくれた。
「人魚の里に訪問者が来ているんだって。まだ入り口で源太が用件を聞いているみたいだけど、見に行った子の話によれば女の人みたいにすっごい美しい男の人がその中にいたって」
 真樹子は顔のいい男がいればいつもこの調子である。源太と言えば、いつも志紀の家の前で門番をしている屈強な男だ。
――あの源太さんか……
 志紀にお目通りした日に公人と蘭を見て、顔を真っ赤に染めてなにも話が出来なかった。
 今も相変わらずで、蘭が話しかけるとどもっては顔を俯かせる。
 その源太が綺麗な人と話をしていると聞いて、少し心配になった。
 どうやら源太が綺麗だと思っている人種と話す時は、どもって焦るらしい。
 それが男でも同じであった。
 公人が話しかけても同じ状態に陥るのだ。
「源太じゃ駄目だ。やっぱり童貞男は使い物になんないね。志紀を呼んで来なきゃ」
 蘭の心配は当たったようで、アユリが面倒くさそうに呟き、すたすたと志紀の家に向かって行った。
 きっとアユリも様子を見に行った野次馬の一人なのだろう。
「御屋形様がお出ましね。なんの用件なのかな? もしかして、この人魚の里に住みたいって世捨て人志願かもねぇ」
 真樹子は目を輝かせて、仕事も手についていない。里の中もざわざわと騒ぎたて、集中出来ないようであった。
 確かに人魚の里に訪問者など、珍しいことである。
 蘭がここに住んで四ヶ月以上経つが、外から一人もやって来たことはなかった。
――外界の人……
 蘭はそこまで考えて、すっかり人魚の里の一員になったと思ってしまう。
 この里だけは外界から隔絶されて、時が止まっているような場所であって。
 争いも諍いもなくみんなが仲良く暮らしている、穏やかで美しい里。
 その場所に外からの者がやって来て、不穏な空気にはされたくなかった。
「なんか、人魚の里の人っぽい考えになってる、私……」
 志紀が外界の者は禍いを招くという気持ちが今更分かった気がした。 
 そこにアユリに呼ばれた志紀が颯爽と登場する。
「みんな、落ち着いて。作業に取りかかってくれ。こちらは俺が用件を聞き出す」
 志紀が浮ついた里の者に指示をして、悠々とみんなの前を通り過ぎた。
 それがとても堂々した様子で、風格もあり蘭はどきりと胸を跳ねさせる。
 志紀なら大丈夫、すべてうまく治めてくれる。
 いつの間にか志紀を信じて、頼りにしている自分がいた。
「やあ、なんの騒ぎだい?」
 里の賑わいを不思議に思ったのか、公人が首を傾げて蘭の隣に立つ。
 くるりと振り返ったアユリがニッと口の端を上げた。
「人魚の里に訪問者。しかもあの服装やら雰囲気から貴族っぽいんだよな」
「ええ〜貴族様〜。もしかして公人様の知り合いだったりして」
 真樹子が嬉しそうに声を上げて、ちらちらと公人を見やる。
「へぇ、その訪問者ってどんな感じなんだい?」
 公人の声音が不安げに揺れるが、アユリは聞かれた通りに特徴を紡いだ。
「物々しい警護に囲まれた男が頭って感じかな。志紀よりも年はちょい上だけど、髪が腰までさらりとなびく美丈夫様だよ」
 公人はそれを聞いて眉をひそめる。
 珍しく焦りを刻んだ瞳は宙を彷徨い、どこか落ち着きを失っていた。
「……僕も見に行っていいかい?」
 野次馬根性を見せる公人に蘭は唖然と口を開く。いつもなら、そんなものに興味を示さないのに。
――公人君、どういう心境の変化?
「うわぁ、公人様にもそんなところあるんだ。ちょっと親近感」
 真樹子は公人に親しみを覚えたようでにこにこと微笑んだ。
 アユリはアユリでにやりと笑っては、人差し指をくいくいと折り曲げて来いと促す。
「なんだ、結構、弟君も好きもんだね」
 そう言って公人を引き連れて、志紀の後を追って行った。
「蘭さん、私達も行こうよ!」
 真樹子に腕を引っ張られるが、蘭はゆっくりと首を横に振った。
「駄目だよ、ここの作業が終わってないし。志紀に怒られちゃう」
 蘭は夏の間に伸び切った草を刈る手を止めて、真樹子を見つめる。そして真樹子にだけ言っておいでと手を振った。
「もう、蘭さんって真面目なんだから〜。と言っても、御屋形様は蘭さんに叱る時だけは雰囲気違うしね。なんとなくその怖さは分かるわ」
 真樹子は肩を竦めて、じゃあ後で報告するわね、と言葉を残して、猛ダッシュでアユリ達の後を追って行く。
 蘭はその後ろ姿を見つめて、なぜかおさまらない不安の揺らぎを感じ取った。






 





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