河畔に咲く鮮花  

第三章 二十八輪の花 1:蘭を探すもの


 
 
豊穣祭も三日間無事終えて、季節はぐっと冷えが増し、秋の訪れを運んで来た。
 蘭と公人が人魚の里へ来て、すでに三ヶ月がこようとしている。
――もう、こんな季節……
 冷たく吹きつける風を頬に受けて、蘭はアユリと真紀子に視線を巡らせる。
 アユリとは豊穣祭の夜から仲を取り戻しいつものように蘭との間に笑いが戻って来ていた。
 それを見て蘭はほっと胸を撫で下ろし、アユリを見ていた。
 真紀子ともへだたりなく喋るようになり、里の者にも自分から声をかけたりと大きな変化を見せていた。
「蘭姉ちゃん、ほら、マッキーもちゃんと持って」 
 アユリは蘭と情事を交わした日から、憑きものが取れたように明るく元気を取り戻して、里の者とも自分から接するようになった。
 真樹子は蘭さんのおかげよ、と嬉しそうに笑っていたが、心と体のどっちで癒したのと聞かれて、言葉に詰まってしまうこともしばしばだ。
 それとなく誤魔化してはいるが、アユリの蘭に対する行き過ぎたボディタッチや、熱い夜を過ごした仲じゃん――と言う赤裸々な告白によって、真樹子には勘づかれているようではある。
 それをいつも注意をしているのだが、アユリは全く意に介してないようであった。
 それを、説教するのも疲れて蘭は今に至るのだが。
「姉さん、僕も手伝うよ」
 そこに公人が現れて、蘭達の運んでいるお神輿をひょいっと持ちあげてくれた。
「あ、あ、あ、公人様! すみません、手伝わせてしまって」
 真樹子はあからさまに態度が変わり、恐縮しまくっている。今はアユリ君より、大人の公人様ね――と言っていたことを思い出す。
 一つの気持ちに決着をつけて、前に進んでいる真樹子を見て蘭は逞しいと思ってしまう。
「公人君、腕はもういいの?」
 憧れの目で見られている公人は、全くそれに気がついてもいないのかのんびりと蘭を見つめているだけだ。
「うん、もう骨も綺麗にくっついたみたいだね……それよりこの御神輿はどうするの?」
 公人は不思議そうに顔を傾げて、立派な御神輿を眺める。
 アユリは重そうに持ち上げながら、口を開いた。
「戴冠式の祝いが外界であるんだ。花園市場の方まで新生・覇王が繰り出すらしくって、お神輿担いで見てもらうんだってさ。でも御神輿がないから、これを一般市民に貸し出しするってわけ」
 それには公人の肩がぴくりと震えた。
「新生……覇王……?」 
いつもの涼しい顔にも翳りが見えて、どこか焦りを刻んでいる。
「知らないの? 弟君。なんか、少年覇王とかいって、あんたと年齢変わらない徳川の後継が覇王になるらしいよ」
「徳川……」
 アユリの言葉に公人は、苦しげな吐息を漏らし、綺麗な眉をしかめた。
 その様子がいつもと違って蘭は不思議に思ってしまう。
「公人君……どうかしたの?」
「いいや……何でもないよ、姉さん……僕と年が変わらないのに凄いと思っただけだよ」
 公人はすぐに笑みを作り、今度は視線をアユリと真紀子に移した。
「……お神輿は貸しても……この里の者は参加することはないんだよね?」
 公人は念を押すようにアユリと真樹子にそう語りかけた。
「はい、私達は御神輿を貸すだけで、パレードには参加しません。今日はこの御神輿を花園市場に持って行くだけで。とかいって、結構当日は里を出て、見に行っちゃったりする人もいるんですけどね」
 真樹子があははと豪快に笑うが、公人は一つも笑わずに、眉をひそめただけだ。
「……で、姉さんも今から花園市場に持って行くの?」
 公人の声音は低く、なにかを探るように問いかけてくる。
「うん、今からアユリと一緒に」
 蘭はすぐにそう返すと、公人は少し考えるようにして静かに口を開く。
「僕も行ってみたいな、花園市場に」
 思いがけない公人の言葉に蘭とアユリは目を丸くした。あれだけ外には行ってはいけないと言っていた公人がどういう心境の変化なのだろうか。
「うん、別にいいけど」
 蘭がそう言うと公人はようやく柔らかい笑みを漏らした。
「僕が運転して行くよ」
 公人が運転することが決まり、蘭達は志紀の言いつけ通りに花園市場へ行くのであった。


+++
 

 花園市場は一般市民の階級の者が営業をしている。
 覇王がここまで足を延ばしてパレードに来るとは思ってもいなかったらしく、今から迎える支度がなされていた。いつもより、市場は賑わいたくさんの一般市民が繰り出している。
 顔なじみになった市場の人が声を掛けて来てくれる中、蘭達はお神輿を市場の者に貸し出しをした。
「ふうん、ここが花園市場なんだ。随分と活気的なところだね」 
 公人が辺りを見回して、物珍しそうに見ている。貴族の公人にとっては全てが新鮮なのだろう。その顔には少しだけ屈託のない笑みが浮かべられていた。
 御神輿を無事に一般市民に貸し出して、一同は帰り支度をする。
 だが、この一般市民がいる区域では不似合いな上質のスーツを着た者が、蘭達に向かってきた。
 黒いスーツに黒のグラサンまでしている見るからに普通の人とは違う容貌。業界人が公人をスカウトにでも来たのかと蘭は他人事のように思っていた。
 だが男は公人にもアユリにも目をくれない状態で、蘭の目の前にたちはだかる。
――この人、なんだろう?
 蘭は少しだけ怖くなり、男から身を引いてしまった。
 公人はすぐに警戒の色を浮かべて真横に寄り添ってきてくれる。
「なにかご用でしょうか?」
 公人が事を荒立てたくないように、静かにその男に問いただす。 
 アユリも顔をしかめて、公人とその男を交互に見やった。
「……失礼ですが、森下蘭様ではないでしょうか?」
 男はどっしりとした重い声で蘭にそう聞きただした。蘭は男からその名前を聞いて胸をどきりと跳ねさせる。
――私の名前…… 
 森下は下慮時代の名前。
 それを知っているということは、蘭とも面識がある人なのか。
 下虜時代の知り合いなのだろうかと思うが、それにしては雰囲気が違いすぎた。
 目の前の男は上質なスーツを着こなし、下慮とは到底見えない。醸し出す雰囲気もなぜか蘭とは違い、上流階級の臭いがした。
――やっぱり……こんな人知らない……
 考えあぐねているとすぐさま、公人がそれに対応してくれる。
「いいえ、人違いでしょう」
 公人がそういうと男は微かにだが、肩をぴくりと動かせた気がした。
「本当にそうでしょうか? 森下蘭様によく似ておられるので」
 男のサングラスの向こうの瞳が鋭く射られてくる感覚に陥る。
「あ、あの……」
 蘭がその鬼気迫る雰囲気に怯え、口を開こうとしたが君人に止められる。
「……そういうあなたはどういう方なのです? 急にそのようなことを言って失礼ではありませんか」
公人は涼しげな声ではあるが、どこか棘を含んだような視線で男を訝しげに眺めた。
「……失礼しました。身分は明かせませんが、あるお方が彼女にそっくりなお嬢様をお探しになっておられまして」
――私を、探している?
 一体どこの誰が、蘭を探しているというのか、少しだけ聞きたくもなったが、男が怖くてそれが聞き出せない。 
男のサングラス越しの目はどうなっているかは分からないが、視線が突きささるように蘭を射てくる。
 居心地が悪くなり蘭は思わず一歩後ずさった。
 やっぱり、この男は怖い雰囲気で、言葉は柔らかくても普通の人には見えない。
 ぶるりと肩を震わせると、公人はそれを読み取って、すぐに蘭の肩に腕を回す。
「行こう、陽が暮れては夕食に遅れる」
 公人が男から剥ぐように蘭を連れ去り、アユリが慌てて後を追って来た。ちらりと振り向くと、その男は誰かに電話をしながらこちらをじっといつまでも見つめている。
――あの人……誰の使いで私を探していたの……
 ぐっと――肩に回された公人の手に力が入り、蘭は男から視線を逸らせた。 
「姉さん、気にしちゃ駄目だよ」
「うん……分かった……」
公人の綺麗な瞳が揺らいで、蘭は釈然とはしないが、男を意識から外そうとした。
「そうそう、蘭姉ちゃん。早く帰って御飯食べよう」
 アユリも一緒になり、蘭の背中を押して男からどんどんと遠ざかる。
――そう、あんな人は知らないし……関係ない
 そう自分に言い聞かせ、蘭は花園市場から逃げるように去って行く。 
――知らない、知らない。あんな人……
それなのに、なぜだか気持ちが騒いで、蘭はその日はなにも手につかないままで終わっていった。








 





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