河畔に咲く鮮花  





 ***   



――覇者街――



 眼下にはびっしりと連なった家々が見える。
 空は晴れ渡り覇者の街が一望できるのに、なぜか心は曇り、霞んでいた。
――全てが薄暗く見える
 上から見下ろした風景はこんなものだったのか。
 自分が考えていたものとは違って見える。
 天下を執ったというのに、全ての景色が色褪せ、つまらなく思えた。 
「ねぇ、戴冠式の準備は整ってる? 義鷹」
 金髪の髪がさらりとなびき、ぬるい風が部屋へ吹きこんでくる。
「はい、家朝様。滞りなく」
「とも様でいいよ。前みたいにそう呼んで」
 ともはくるりと振り返り、そこにかしずく義鷹を見下ろした。
「まだ、雪と蘭おねーさんは見つからないの? あの本玉寺での遺体の中に?」 
 ともの冷えた声が義鷹の肌を射る。
 静かに顔を上げた義鷹の顔は青白く生彩を欠いた瞳をしていた。
 全てを失った――そんなような。
 魂を失ったのは義鷹だけではない。
――義鷹だけが絶望しているんじゃない
 ともも、それは同じであった。
「――全て灰と化しておりました。それを掻き集めて、鑑定に回しておりますが……」
 そこまで言って義鷹は言葉を途切らせる。
――あれから随分と時が経っている
 やはり雪と蘭はあの炎に巻かれ、灰と化してしまったのか。
 それを考えると、ずきんっと大きく心臓が痛む。
 その元凶を作ったのは――
 ともはちらりと義鷹に目をやり、屍のように生気を失った様子を眺めた。
 だけど義鷹がそのように落ち込むことは許されないことだった。
――お前が……あの明智光明と共に……
 小指に光る覇王の指輪に目を落とした後で、ともはもう一度義鷹に剣呑な瞳を向ける。 
「そう――それをやった首謀者を掴まえて絶対に殺す。そうだよね、義鷹?」
 ともがわざと義鷹を煽る言い方をするが、本人はどうでもいいようだ。
「――私も処刑して下さい。革命を起こした明智光明と行動を共にしていたのは知っているはずでしょう」
 力なくそう言った義鷹にともはあっさりと首を横に振った。
「義鷹にはまだ働いてもらうよ。政の一部を担っていただろ? 僕の知らない知識を与えてもらう」
 ともは覇気のない声音で述べて、次に囁くように言葉を紡いだ。
「それに一人で勝手に死を選ぶことは許さない。この生き地獄で僕と同じ道を進むんだ。雪も蘭おねーさんもいない、無常の世界で――」
 ともから放たれた言葉に義鷹はがくりと項垂れた。
 それを見ても、ともは何一つ憐れだと思わない。
――お前だけが苦しんでいるんじゃない
 愛した者を奪われた気持ちは同じである。
 そう――覇王となり、ともは修羅の道を選んだ。
 愛した者のいない、永遠の地獄に自ら身を投げ打つ。
 それは一人ではない。
 同じ想いをした義鷹も引きづり込み、無間の地獄を彷徨わせるのだ。
――義鷹、一人でこの世界から逃れようなんて許さないよ
 ともはもう一度、眼下に視線を巡らせた。
 偽善、混沌、虚無、欺瞞、邪悪、争い、野心、利己、我欲、煩悩、全ての闇がここには集結している――そう、この腐敗した世界に。
 その世界で全てを束ねることは、血も凍るほどの修羅地獄。
 吹き抜ける風はぬるくはなく、冷たく感じる。
 それは、ともの冷え切った心の中と同じようで――。
 ともは一度だけ瞼を伏せて、次には決意を宿らせた瞳を上げると、眼下に広がる無常の世界を焼き付けたのだった。





 





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