河畔に咲く鮮花  




 弱き者には手を貸さない、捨ておく。
――これが弱き者の宿命……
 公人の心にもそんな気持ちが蔓延していた。
 だが、それを覆したのは娘であった。
 覇王の妻だというのに、娘は我も忘れて典子を助ける。
 自分のハンカチで、典子の血を拭い、激励の言葉を向けた。
 唖然としていたのも束の間、娘は裸足であった。
 それを見て、公人はさきほどより衝撃を受ける。
 まさか、裸足のままで飛び出してくるとは夢にも思わなかった。
 その上、蝶姫に焚きつけられ典子を助ける為に娘は震える手で竹刀を構えた。
 ――どうして、下の位の者の為にそこまで出来るのか
 公人には分からなかった。
 怖がって震えていても、その目は強く真っ直ぐに公人を捉える。
 じりっとした熱い痛みが、公人の心を焼いた。
 ――痛い……この感情がなんなのかが分からない。
 何度、竹刀を叩き落としても、娘は逃げることなく、立ち向かってくる。
 その娘が眩しく見えて、公人は目を細めた。
 娘は慣れてもいない剣技で、足を怪我する。
 すぐに、機嫌を取ろうと近づくが、手が汚れてしまうと謙虚なことを口にする。
 裸足のまま飛び出して来て下の者を助け、その者の為に立ち向かう娘はあまりにも無鉄砲で、そしてなによりも新鮮に見えた。
 間近で見た娘を、気高く美しいと――公人は初めて心を打たれてしまった。
 ただ純真なだけでなく思いやりも愛情も深い、芯の強い娘。
 そこに、初めて姿を現した覇王に目が奪われる。
 まだ若い青年なのに、王としての風格を兼ね揃え、なによりも雄々しく麗しかった。
 これが覇王――蘭様の夫。
 覇王が蘭を選んだ理由がようやく理解が出来た。
 今、蝶姫を見ても色褪せて見えるだけ。
 どれだけの美貌を持ち合わせていようと、王位に執着したつまらない女に見える。
 覇王が蘭に笑いかける度に、ちりっと公人の胸を焼いた。
 蝶姫はここぞとばかりに、公人を男好きと仕立てて、まんまと蘭の警護役に送り込む。
 そこから公人は蘭と過ごすこととなった。
 覇王が忙しい為に、一緒に食事は摂らないようだ。
 普通は、小姓や警護の者を一緒に食卓に座らせることはない。
 蝶姫の部屋でもそうであった。
 蝶姫は同席させることを拒んだし、一緒に食べることはなかった。
 だが蘭は常識を覆す。
 公人と一緒に同席して、ご飯を食べる。
 嬉しそうに微笑み、公人に興味を示し色んな質問を投げかけてきた。
――良く表情が変わる
 ころころ表情の変わる蘭を見て、公人は可愛らしい方だと思う。
 娘など誰も同じと思っていた蘭は、会ったこともない不思議な魅力を持っていた。
 体を洗えと言われるかと思いきや、蘭はさっさと風呂に入ってしまう。
 これでは困り、公人は作務衣を着て、蘭の体を流しにいく。
 蘭は狼狽し、慌てふためいていた。
 なにがそんなに驚くことがあるのか分からなかったが、そんなことをされたことがないと気がつく。
 それも新たな発見で、なぜだか嬉しかった。
 公人はそれでも強引に体を流し、蘭の体に目を奪われる。
 もちろん、蝶姫ほど女という塊ではない。
 だが、抜けるような白い肌も、きめの細やかな繊細な体の線も、ぴんと張った胸も、すらりと伸びた手足も美神の如く美しい。
 本人は蝶姫と比べて恥ずかしがっているようだが、公人には蘭の方が美しく魅力的に映った。
――僕にはとても美しく見える……
 本来なら洗うこともない、秘部を公人はわざと足を開かせてみる。
 申し訳程度に広げられた両足の間に、石鹸をつけたタオルを塗り込んだ。
 単調にこなしていると見せかけて、ぐりぐりと押しつける。
白い肌がピンク色に染まり、羞恥に滲んだ瞳は潤んでいた。
 それが、可愛く美しくもあり、公人はもっとその反応を見たくなった。
 興奮の色を一つも見せないで、公人は蘭の足をもっと押し広げ、腰を突きださせた。
 わざとに緩急をつけて淫唇を揉みこむように洗っては蘭の反応を楽しむ。
「んっ……」
 そのような可愛い声が漏れてきて、公人はあることに気がついた。
 自分の下肢が反応しているのだ。
 蝶姫の体を見ても、反応をしなかったものが。
 ――まさか……馬鹿な……
 公人は愕然とし、そちらに意識が奪われた。
 頭を整理したくなり、すぐに蘭の体を洗い流して颯爽と風呂場を後にする。
 ズボンの上から確認したら、痛いほど反応していた。
 蝶姫の風呂場から数日、公人は反応を示さなかった。
 本当に不能になったとばかり思っていたが、まさかここで反応するとは。
 その事実にも驚いたが、公人のモノはおさまる様子を見せない。
 蘭はあの調子で、公人に伽の相手をしろとも言いそうにない。
 公人は蘭が入った後の風呂で、痛いほど勃った肉棒を自分で慰めては果てた。
 それからはそれが日課になった。
 蘭の体を洗い流しては、後で自分で慰めては果てる。
 公人の心はもやもやと、苦しいものに変わってきた。
 ――こんなことは今まではなかったのに
 どうしても、蘭を抱きたかった。自分からこんな風に思ったことはない。
 風呂場で一人で慰めるたびに、蘭のことを想い、肉棒を扱きあげた。
「蘭様っ」
 そう叫んでは、若い精を何度も吐き出した。
――自分から誘ってみるか……
 公人はいつまでたっても、一向に前へ進まない蘭との関係に自分から仕掛けることにした。
 蘭に甘い言葉も、可憐な笑顔も、偽りも通じない。
 それに笑えることに、公人は男が好きだと思っているのだ。
 いつの間にか、蘭を覇王から奪いたくもなってくる。
 あの血気盛んで、若く麗しい王はどう思うだろう。
 大阪公務の前夜に、覇王は公人の目を気にすることなく、あてつけのように蘭と一夜を過ごした。
 だが、自分勝手な覇王は自分だけ欲望を吐き出して、蘭を満足させることなく、旅立っていく。
 典子という違う女を連れ、蘭はどこか寂しそうで悲しそうだった。
 ――可哀想な、蘭様
 公人は憐れみ、同情すると同時に愛しさが湧く。
 この自分が蘭を満足させてやろうと言う気さえも芽生え始めた。
 蝶姫の思惑もどうでも良かった。
 ただ公人が蘭を求めていた。
 そんな折に、蘭は高熱で倒れてしまう。
 苦しみもがく蘭を見て、公人は献身的に看病をした。
 それが出来るのは公人だけだと自負もある。
 公人意外の誰が、蘭を見て、守れるのか。
 覇王でさえも、傍にはいない。
 蘭を守り、忠誠を尽くせるのは公人だけだ。
 寒そうに震える蘭を暖めようと、布団に潜り込む。
 蘭は公人まで風邪をひいてしまうと、心配そうに熱に浮かされた声音で言った。
――なんという、可愛い方だ。この生まれてくる感情はなんなのだ
 公人は分からず、寝入った蘭の名を呼び、力の限り抱き締める。
 その腕に抱いた時に、もう二度と離したくなかった。
――傍にずっといたい
 いつの間にか、すっかり蘭に心を奪われ、愛してしまったのは公人の方であった。
 熱のさがった蘭の体を拭いていたが、寒そうである。公人は自分の舌の熱で蘭の全てを綺麗にしようと考えた。
 今までは洗ってもいない娘の体を舐めるなんて、あり得ないことだったが、蘭であればいい。
 二日も風呂に入っていない蘭の秘部はもわりとむせ返る臭いではあったが、公人にとってはそれすら興奮した。
――ああ、もっと蘭様を味わいたい
 恥じらう蘭の反応は初々しくて、可愛らしい。
 もっと、したくなり、公人は一生懸命に秘部を舐め上げた。
 だが、公人には計画があった。
 蘭をその気にさせる為には、もっとしたかったが、達する前に止めてしまう。
――今日はここまでにしよう……
 覇王にも高みに昇らされていない蘭の体は疼いているだろう。
 公人はそれを知り、わざとに忠誠だと言っては犬のように蘭の秘部をその日から舐め上げた。
 犬と人形と思われてもいい――蘭の傍に入れてこうして一緒に過ごせるなら。
 公人の心が動き始めてから、徐々に太陽の色が戻って来た。
 それを何度も繰り返し、繰り返し、焦らしていると蘭はもう我慢の限界のようだった。
 蘭にもっと違うところを舐めて欲しいですか、そう聞いて反応を待つ。
 ようやく蘭は、抑えきれない欲望を公人にぶつけてきた。
――ようやく……僕を求めてくださった
 公人はそこで、人形という仮面を脱ぎ捨てる。
 いや、勝手に欲情という獣じみた感情が溢れてきたのだ。
 今までにないほど気持ちは昂ぶり、興奮を抑えきれない肉棒は早く結合したがっていた。
――蘭様……早く……あなたと一つになりない
 蘭の淫唇に埋め込み、あさましいほどがつがつと腰を振って猛々しい精を注ぎ込みたい。
 こんな気持ちは初めてだった。
 抱いている途中も、おかしいほど乱したくて、壊したくて、狂わさせたくて。
 その反面、泣きたいほど愛しくて、切なくて――。
 終始、みだりなほど、狂っていたのは公人の方だったと感じる。
――蘭様っ……蘭様っ……
 その証拠に、公人は狂うばかりの濃厚なキスを交わし、貪るように腰を振り、そして初めて女の中に精を吐き出した。
 今までどれだけ、抱いても外に放出していたのだ。
 だが、自分のものにしたくて、公人は覇王のことも忘れて精を奥に穿つ。
 もし、子が出来てしまい覇王が蘭を捨ててもいい。
 公人が蘭を愛して、その子供も一緒に育てよう。
 そこまで狂わされたのは公人の方だった。
――蘭様っ
 激しく心のままに抱いた公人は、初めて結ばれた夜に蘭を腕に抱いて眠りに落ちた。
 次の日に起きて、公人は風呂にも入っていなかったことに気がつく。
 それだけ行為に夢中で蘭に心を奪われ、一時も腕から離したくなかった。
 公人はふっと失笑する。
 今までは情事が終わればさっさと風呂へ入り、全ての痕跡を洗い流していたというのに。
 まだ深く寝入っている蘭のまつげをやんわりと食み、服を綺麗に着させた。
 いつもより晴ればれした気持ちで、公人は庭へ足を運ぶ。
 剣術の稽古を欠かさない日はなかった。
 すでに高く昇った陽を見て、公人は目を大きく見開いた。
 ――太陽が、黒くない
 今まで黒い太陽だったのに、眩しい光を発している。
 美しく、黄金色に輝く太陽――
 ハッと公人は振り返り、まだ無邪気に寝ている蘭の顔を見た。
 そして、幸せそうにふっと微笑む。
 目を輝かせたくれた、公人の光。
 それは、まさしく愛という感情を与えてくれた蘭自身であった。
 ――この公人、いつまでも蘭様の傍に。命を懸けて僕の光を守ります
 公人はそう心の中で決心して、もう黒くない太陽の下で、いつもの通りに竹刀を振った。
 きらきらと汗が弾いた公人の顔は、もはや人形のようではない。
 生命と魂を宿した、一人の人間のものであった。



 




特別編 公人の視点 黒い太陽/公人の光 



《第二章完結》






 





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