河畔に咲く鮮花  

 特別編 公人の視点 黒い太陽/公人の光    《第二章完結編》



 姉小路公人(あねこうじきみひと)は由緒ある貴族の息子だった。
 一人息子で後継ぎの公人は、姉小路家に恥じないように教養を身につけさせられた。
 稽古事には力を入れられ、毎日のように色んなことを習わされる。
 下手なアイドルより忙しいのではというスケジュールを課されていた。
 物心ついた時から、自分の意思ではなく、親によって稽古事を習わされる。
 英才教育にも公人はただ親の言うことを聞く、自己主張を述べられない子でもあった。
 だが自分からしたいこともないし、親の言われるがままの人生を歩んで行く。
 それが正しいと疑問にも思わないし、逆らうこともなかった。
 忙しい両親は毎日のように、社交パーティに顔を出して、派手に遊んでいた。
 公人はぽつんと一人で、ご飯を食べる日々。
 まだ幼く、教養も半端だから、社交界には連れて行けないというのが親の言いぶんである。
 実は父は愛人を何人も作り、毎夜、毎夜、とっかえひっかえに遊んでいるし、母は母で、社交界で鬱憤を晴らすように遊んでいる。
 それを知ったのは、公人が十六歳になった頃だ。
 自分達が囲っている、商売人が経営に困って倒産しても両親は弱き者に手を差し伸べることはなかった。
 ただ、金を絞るだけ絞りあげて自分達の贅に尽くしているだけ。
 母が公人を社交の場に連れて行き始めたのは、お金に困っていたからであった。
 社交の場では色んな貴族の娘や、覇者の娘が出入りしている。
 母は公人を使い、女共から金を引っ張ってくるという作戦を練っていた。
 十六歳にもなれば十分に男としての機能を果たせる。
 そんな下世話なことを母は考えていたのだ。
 母からそれを知らされて、公人は初めて難色を示した。
――僕に女を落とせというのですか、母様
 公人を人柱に立てて、自分は甘い蜜を吸おうという魂胆だ。
 そこに公人の感情も、意思も尊重されはしていない。
 久々にコミュニケーションを取って来たかと思えば、自分達のお金欲しさに公人を利用するつもりだったのだ。
――馬鹿らしい話しだ……
「何を迷っているのです、公人さん。覇者のお嬢さんに取り入れば、我が姉小路家も救われるのですよ。すでに我が家は父親のせいで、火の車なのです」
 母は自分の派手な遊びも棚に上げて、父親のせいだと言い切る。
 その身勝手さに怒りを感じたが、すぐにその灯しびは消える。
 どうでもいいか――それが公人の感情であった。
 一人でずっと過ごしてきた公人には愛情が欠けていた。
 感動を覚えたこともないし、心を動かされたこともない。
 話相手と言えば、くだらない自慢をする貴族学校の同級生の男達どもだ。
 口を開けばあの貴族の娘とヤッタなど、そんな下世話な内容ばかり。
 そんな奴ら相手に心を開くこともないし、信用することもなかった。
 つまらない空虚な毎日の中で、自然に感情を表に出すことを忘れてしまう。
 それがクールで冷静だという、はきちがえた賛美を同級生からもらっていたが、今ではそちらの方がありがたかったりする。
 いちいち驚き、笑い、怒るなど疲れるし馬鹿らしいからだ。
「さぁ、早く公人さん。お行きなさい。極上の笑みでね」
 母からそう言われて、公人は軽く溜息を吐く。
――笑顔……そんなものどうやって作ればいいんだ
 どうやら、いつものように人形のような無表情では駄目らしい。
パーティに来ている娘達を眺め回し、物色を開始する。
 ドレスを着て、髪をアップにし、化粧をきっちりしていた。
 きっと香水も派手に振りつけ、今夜の獲物を狙っているのだろう。
 覇者も貴族の娘も相当遊んでいると公人は聞いていた。
 クラスメイトの女子も全て貴族だが、処女などいなかった。
 公人は初めてである為に、最初はリードしてくれる年上に的を絞る。
――年上の方がリードしてくれるだろう
 何人かがこちらをちらちらと意識し、声を掛けてくれるのを待っているようだった。
 母から離れると、娘達は好色の目を向けながら、公人に寄って来る。
 派手でお盛んな娘達は自分からアタックしてきたのだ。
 だが、その中には公人のお目当ての年上はいなかった。
――これでは貴族学校にいる時と同じだ
 ひと際、美しい少年はもちろん貴族の娘の目を奪い、学園でいつも誘われていた。
 けれども公人から色目を使うことはないし、そんな気にもなれなかった。
 別に童貞が恥ずかしいわけでもなかったので、クールを気どって、娘達を上手く交わしていた。
 さて、困ったな――と公人は無表情のまま心の中でごちる。
 そして、ふいに目に入った男に意識は向く。
 同じ貴族の男であろう。なかなかの美丈夫で華やかな雰囲気を醸し出している。
 たおやかに笑み、自分より階級が上の覇者の娘を口説いているようだ。
――あのように笑えばいいのか
 覇者の娘にもなると、公人を取り囲んでいる貴族の娘のように言い寄って来ることはない。
 抱きたいなら、そちらから来なさいと言った傲岸さが、口に出さずとも態度に滲みでていた。
 公人はその男を真似ることにして、取り囲んでいた貴族の娘達から離れる。
 振られた女達は、貴族とも思えない罵詈雑言を公人にぶつけた。
 呆れて物が言えなかったが、公人の目的は貴族ではない。
 今はうるさく言う貴族の娘より、公人は覇者の娘に的を絞った。
 凛とした美しき女を見つけて、初めてはそれをカモにしようと決める。
――さきほどの男と同じ笑顔で……
 男を真似て、たおやかに笑み、獲物を引っ掛ける。
 覇者の娘は気位が高く、かしずいて欲しいようだった。
 公人は柔和に微笑み、覇者の娘のご機嫌を取る。
 ようやく娘はそこまで言うのなら、一度ぐらいお相手してもよろしいわ――と高飛車に言ってのけて、公人の誘いを受けた。
 そして、呆気なく覇者の娘と一夜を共にする。
 初めての経験をしたが終わった後は――こんなものかと言うのが公人の感想だった。
 盛りである年頃なので、気持ちよりも体は正直だ。
 心はどうであれ男としての機能は十分に女を満足させ、事なきを得た。
 だが、行為が終わると急速に心は冷えて、すぐにでも女の元から帰りたくなる。
 触れることすら煩わしく、汗で落ちた化粧崩れの女が醜く見えた。
 結構、良かったわよ。今度はいつ会いに来てくれるのかしら――。
 女はあくまで高飛車な態度を崩さず、そう公人に暗に会いに来いと誘っている。
――二度と会いたくない……だが、金づるを逃せない
 本当はうんざりであったが、これも姉小路家の為だと思い、公人は心を決めた。
 そこから社交界デビューを果たした公人は、何人もの覇者の娘と関係を持ち、虜にしてはパトロンとして多額の金を引っ張った。 
 金を持っている貴族の娘も範囲に入れては、同じように金を出させる。
 何人も抱いて、体を重ねて、女達が喜ぶ技巧も身に付けたが、心はなぜか虚しかった。






 





119

ぽちっと押して応援して下されば、励みになりますm(__)m
↓ ↓ ↓



next /  back

inserted by FC2 system